大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)2243号 判決

被告人 宮下守

〔抄 録〕

所論の第一点は要するに原判決には事実の誤認がある、即ち本件については工事依頼の内客よりしても被告人は原判決の謂う程度までの注意義務を負うものではなく、また被告人としてはその負担する義務の範囲で十分の作業を為したものであり、本件火災も亦被告人の工事の不十分のために発生したものでないから被告人は無罪である、と謂うに在る。

よつて、一件記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果を参酌して案ずるのに、原判決挙示の証拠によればその判示事実中、被告人の負担する工事に対する注意義務の点、被告人が渡辺直吉と共に亀裂によつて左右に割れた煙道の建物に向つて左半分を取りはずし水洗した上これを据付けたとの点並に本件出火の態様を除くその他の判示事実を認めることができる。そして本件出火が如何なる状況により発生したかも亦原判決が認定したように、原審相被告人田沢周二が湯沸竈の重油バーナーに点火して湯を沸した際その高温度の熱気が煙道建物側の割目から浸透したが上部の補修工事のため大気中に逃げることができず、建物の下見板下端部附近に達し、同部位を発火させて空洞火災となり燃え上らせたものと認めるのが相当である。

ところで証拠により被告人が本件工事を為すに至つた経緯を見るのに、当初新発田市役所の管財課長であつた田中管夫は用務員から「煙突の取付口にヒビが入つて割れ、バーナーが燃えないから直して貰い度い」旨の要請を受け、飯島道夫の経営する飯島組に対し電話で、「釜場が壤れてバーナーに火が点けられないから直ぐ直して貰い度い」旨の依頼をしたところ、一応仕事の都合で当日は行けないと断られたが、更に電話で「お湯も沸すことができず皆が茶も呑めないで困つている。仮の仕事でもよいから直ぐに来て呉れ」と依頼したため、飯島においてもこれを承諾し、被告人に対し市役所の煙突が外れて困るから、バケツとセメントを持つて行つて危くない様に完全に直して来いと命じ、この命により被告人は判示のように渡辺直吉を伴い市役所に赴いて前記認定のような修理を為したものであることが認められる。そしてまた証拠によれば市役所側においては、その依頼に際り右認定したこと以外何辺をどのように修理すべきかを特に指示したことはなく、その修理の際にも市役所側の責任者が立会い、指揮監督した事実のないことをも認めることができる。

よつて右のような依頼を受けた工事施行人はその工事施行に際つてどの程度の注意義務を有するものであるかに付案ずるのに、本件修理場所は火気に直接関係し、火災発生の危険の大きいところであるから、工事人が工事を施行するに際つては、その工事依頼場所以外でも通常発見し得る損傷場所については直にこれを修理するか、また依頼者にその旨を告げ、これが承諾を得て修理すべき業務上の注意義務を有するものと解するのが相当であつて、依頼の工事に附随して通常発見できないような損傷場所迄をも点検調査し修理しなければならないとするまでの業務上の注意義務があるとするのは、その依頼の内客に鑑みあまりにも酷に失するものであつて、妥当とは考えられない。

よつて進んで本件注意義務存在の範囲内において、被告人の右修理工事に注意義務違反の過失行為が存するか否かに付いて審究する。先ず原判決は原審証人小柴秀隆の証言を引用して被告人のモルタルによる修理施行が完全でなかつた旨判断しているけれども、右証人の証言を含め原判決挙示の証拠によれば、本件修理場所のように雨のあたる場所である場合には、特別に指定されない限り、石灰を用いず普通モルタルをもつて修理するのが通常であることが認められ、またその工事自体も依頼された煙突基部の周縁の亀裂は勿論、その附近の見付け得る亀裂すべてに就いて、水洗の上モルタルを塗つて十分これを塞いで居り工事に手を抜いた事実は到底認められない。もつとも原判決も認めるように証拠物である煙道の建物側には割れ目が存在し、その中左側のもの(原判決別紙第一、二図C片とD片との割れ目)は大きく口を開け、その上部から当初のものとは違つたモルタルが少量垂れ下つておることが認められ、しかもその下部が十分接着して居らず相当隙間のあつたことが看取できるから、若しも被告人において煙道周辺の修理の際右間隙に気付いていたか、または当然気付くべき状態であつたとすれば、固より被告人はこれをも十分に修理すべき業務上の義務を有していたものと謂うべきであり、気付きながらなお右の様な間隙を残したままの修理をしたとすれば被告人は十分にその義務を尽したものということはできないから、更にこの点について案ずるのに、渡辺直吉の昭和三九年四月一五日付司法警察員に対する供述調書、および同人の同年八月二一日付検察官に対する供述調書中には、同人が煙突の取り付けてある左半分をとりはずしたとの記載があり、これらによれば、前記証拠物の割れ目は一旦取り外ずした部分を再び接着し、これをモルタルで塗り上げ接着したが、その際の接着が不完全であつたために生じたものとする原判決の判断は必しも首肯できないではないが、同人の原審における証人尋問調書の記載によれば、取り外したのは左側全部ではなく四分の一位で煤取口側左側にも割れ目があり、その割れ目と真中の縦の割れ目の部分まで取りはずしたものであり、かつ煙突と下見板との間には割れ目はなかつた旨証言しているのであり、なお前述の証拠物中の垂れ下つたモルタルの部分も、その他の部分と比較対照すると、必しも今回の新しい修理に際してつめられたものとは断定できないから、右の証拠によつて直に被告人が右空隙に気付いていながら十分な修理をしなかつたものとすることはできないし、また右空隙のあつたところは下見板に接する表面下部分であつて通常の注意をもつてしては容易く発見できない場所と認められるから、これを見付けて十分の修理をしなかつたからといつて、被告人がその果すべき注意義務を怠つたものとすることはできない。以上の事実に本件湯沸場についての第一次の責任は右の管理者である市側に在ること、本件修理後少なくとも一週間位は使用しないよう被告人より注意を受けながらその期日前より使用し始めたこと、出火前日バーナーの修理を為し、当日はいつもより火がよく燃えた(昭和三九年四月一五日付田沢周二の司法警察員に対する供述調書)等の事実を彼此参酌して考慮すれば、本件火災をもつて直に被告人の過失によるものとしこれに責を負わせるまでの証拠はないものと認められるから、これと異り被告人に本件火災の責任あるものとして有罪の認定をして原判決には事実誤認があるものというべきであり、かつ右事実誤認が判決に影響することは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、所論は理由がある。

(石井 山田 渡辺)

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